　【明慧日本2025年6月11日】中国の伝統文化において、謙徳とは謙虚と倹約の徳のことであり、この美徳は中国五千年の歴史を通じて人々に影響を与え、最も顕著な中国民族の美しい特性のひとつとなっています。謙譲の美は、高尚な境地であり、荘子は「天地には偉大な美があるが、それを言葉で宣伝する必要はない。四季の移り変わりには明確な法則があるが、それについて改めて議論する必要はない。万物の変化にはすでに定められた道があり、それを論じる必要はない」と述べています。これは、天地が万物を覆い、万物に恵みを与えるが、自らは何も求めないという姿勢を示しており、質朴で謙虚、広大無私の精神を持つことが重要であると説いています。人々は天の道に倣い、天地と心を合わせ、無私の心で天下の人々を愛し、万物を包容する度量と器を持つべきであるとされています。古来より「持つことがあっても貯めず、満ちても溢れさせず、実っても驕らない」という謙虚な君子が尊敬されてきました。

　「謙虚」という言葉は深い哲理をもちます。古訓には「謙虚は、人の道徳的修養を高めるための基盤である」、「謙虚に努めれば人々から寄り添われ、驕慢になれば人々は離れていく」とあります。老子は「自分の考えに固執しない者こそ、物事の判断を明確にできる。謙虚な者こそ、その功績が認められる。驕らない者こそ、大事を成し遂げることができる」と述べています。謙虚さとは、心を開き他者を受け入れ、尊重することであり、深い探求心を持ち、進歩を求める姿勢であり、恥ずかしがらずに学ぶことを希求する真摯な態度でもあります。また、私利を求めず、自分を前面に出さず、賢者を見習い、賢者でない者を見て自省することでもあります。古人の謙虚な例は枚挙にいとまがなく、以下にそのいくつかを紹介します。

　唐の皇帝・堯は（息子がいたにもかかわらず）賢者を探し、禅譲したことが知られています。『尚書・堯典』の冒頭では堯の徳を「帝堯は誠実で慎み深く、才能を愛し賢者に帝位を譲った。その徳は四方を照らし、上下の秩序を明確にした。大いなる徳を広め、家族に和をもたらした。国民が徳を明らかにし、世界各国が協力し合って平和に共存する」と記しています。允（誠実）、恭（勤勉）、克（能力）、譲（謙譲）の四つの徳目の中でも、後世において「謙徳」が特に称賛されています。

　『荘子・譲王』には、堯が天下を統治し、海宇※を太平にしたが、それでも自らの賢能を疑い、人材を埋もれさせることを恐れ、賢者を探し求めて山奥にまで赴いたと記されています。彼は方回、善巻、披衣、許由という名士に四度も天子の位を譲ろうとしました。堯は「天下は公共のものであり、賢者こそ尊ばれるべきであり、それこそが天下の大道である。私の徳は薄く、才は疎い。民を誤ることを深く恐れる。」と言いました。賢者たちは、堯の謙虚さに、「民への思いやりがこれほど深いのだから、民が『堯天』と呼び敬うのも当然である」と感服し、誰もその位を受けずにそれぞれは隠棲しました。

　※訳注：海宇（かいう）の「宇」は四方の果てを意味する。海宇はすなわち天下、国内、海内 (かいだい) のこと。

　また、堯は著名な道士の蒲伊を師と仰ぎ、極めて恭敬に接し、皇帝の座にありながら弟子として礼を尽くして教えを求めました。そして最終的に、徳と才を兼ね備えた舜に帝位を譲りました。明代の王陽明※は、「堯と舜が聖人である理由は、きわめて謙虚であったことにあり、これが允恭克譲、温恭允塞の精神である。君子の道とは、人々に光明を与える謙虚さを持ち、他者に敬意をもって接し、自らを後にして他者を先にすることにある」と述べています。

　※訳注：王陽明（おうようめい、1472年10月31日～1529年1月9日）は、中国明代の儒学者・高級官僚。

　老子の「江海能く百の谷の王」について

　老子※は「上善は水の如し。水は万物を潤し、争うことなく、これが謙遜の徳である。故に江海が百の谷の王となるのは、その善く下ることによる」と説きました。これは、崇高な善行とは水のように万物に恩恵を与え、養いながらも、他と競い合わないことであるとし、それこそが最も謙虚な美徳であると説いているのです。江海（海や大河）は、大小の河川のすべての水を受け入れることで百の谷の王となります。老子は「江海」を「聖人」に喩え、聖人が人々の心の拠り所とされるのは、「謙下（けんげ）」すなわち己を高く構えず、民の利益を優先し、すべてを包容するところに理由があると説いています。そうあってこそ、天下の人々は聖人を尊敬し、支持するのです。さらに老子は「聖人は功績があっても誇らず、謙虚だからこそその功績は永遠に輝き続ける。争うこともしないからこそ、天下において誰も対抗することはできないのだ」と述べました。

　※訳注：老子（ろうし、紀元前6世紀）は、中国春秋時代における哲学者。道教のほとんどの宗派にいおいて神格として崇拝され、太上老君の神名を持つ。

　孔子の「不耻下問」について

　孔子は「不耻下問（ふちかもん）」、つまり「（自分より）知識や地位の低い者に対しても学ぶことを恥としない」という姿勢を大切にしました。春秋時代、衛国に大夫※1・孔圉という人物がいました。孔圉は聡明で学問に励み、非常に謙虚な人物でした。彼の死後、衛国の国君※2はその学問への熱心な姿勢を後世に伝えるため、特別に「文公」の称号を授けました。後世の人々は彼を孔文子と呼ぶようになります。

　※1　大夫は古代中国の官職で中級以上の官人を指す
　※2　国君は一国の君主のこと

　孔子の弟子である子貢も衛国の人でしたが、孔圉がなぜそのような高い評価を受けるのかが理解できず、師である孔子に「孔圉の学問や才能は確かに高いと思いますが、彼以上に傑出した人物はまだいるのではないでしょうか。なぜ『文公』の称号を与えられたのでしょうか」と尋ねました。孔子は弟子にこう答えました。「孔圉は学問に励み、疑問があればどんな相手にでも、地位や学識が自分より低くともこだわらずに謙虚に教えを求めた。それを恥とは考えなかった。この姿勢こそが彼の美点である。聡明でありながらも学び続け、自分より知識の少ない者にも教えを乞うことを恥じない。そのような人こそ『文』という称号にふさわしいのだ」。これを聞いた子貢は納得しました。孔子自身も博学でしたが、常に謙虚な態度で他者に教えを求め、弟子たちに学ぶ姿勢を示しました。

　諸葛亮の謙虚な姿勢について

　諸葛亮（孔明）は徳と才能を兼ね備え、後世に「智聖」と称されるほどでした。彼は常に賢者を求め、その助言を受け入れることに優れていました。蜀の宰相となった後、成都の南方に「招賢台」を築き、四方の賢士を迎え入れ、多くの優れた才能を登用しました。この行動は当時「徳挙」と称されました。彼が登用した文武の官僚には、荊楚の士、蜀の人材、さらには魏・呉の降将※も含まれており、広い度量で人材を受け入れました。そのため「蜀の官僚は天下の俊才の集まりだ」と評されました。諸葛亮は国家の大事を決定する際、多くの意見を聞き、異なる視点からの意見を受け入れる姿勢を持っていました。また、彼は度々通達を発し、宰相である自分に対する率直な諫言を奨励しました。自身の過ちを指摘し、国家の発展に寄与する提言をする者を奨励し、これをした者に称賛を与え、「皆がこうして国事に真摯で忠実であれば、私の過ちも減るであろう」と述べました。彼の著書『自勉』には「驕る者は破滅を招き、思慮のない者は災いを育む」とあり、決して功績を誇ることなく、責任を全うし、善を積み重ねる姿勢を貫きました。史書によると、宰相・諸葛亮の統治下にあった蜀では、「厳格な制度を定め、公正な賞罰を行い、悪事を許さず、善行を顕彰した」と記されています。

　※訳注：「降将（こうしょう）」は、敵軍に降伏した将軍または大将。この場合は、諸葛亮のいる蜀の軍に降伏した敵軍の武将を諸葛亮はこだわらずに自国の人材として登用したということ。

　竹のような謙虚さ

　「地中にある時から節を持ち、天高く伸びてもなお謙虚である」と言われるように、古代の詩人たちは竹を謙虚な品格の象徴として捉えていました。竹は常に謙虚であるがゆえに、筍から成長し、大空へと伸びていくのです。

　唐代の白居易は『養竹記』の中で、「竹は賢者に似る。竹の性は直くして、それによって身を立てる。君子がその性を見ると、公正を思う。竹の心は空であり、道を体現する。君子がその心を見ると、虚心を活かすことを思う。竹の節は貞くして、それによって志を立てる。君子がその節を見ると、徳を磨くことを思う」と著しました。竹の持つまっすぐさ、謙虚さ、気高さを通じて、人の品格と竹の性質とに通底する精神的美徳を描いています。白居易自身もこのように生き、詩を作る際には、まず牧童や老人に読んで聞かせ、彼らが満足するまで何度も推敲を重ねました。そのため、彼の詩は通俗的で親しみやすくありながらも、洗練された美しさを持っています。宋代の蘇軾は『送参寥師※』において、「詩を妙にするには、空と静を厭わぬこと。静なるがゆえに万物の動きを知り、空なるがゆえに万象を受け入れる」と記しました。これは詩歌や書法の創作に関する美学的な見解ではありますが、「静虚」の哲理とも通じるものです。静寂によって遠くまで思索を広げ、虚心によって無限の知識を受け入れ、あらゆるものを包容する境地へと至るのです。

　※訳注：送参寥師は蘇軾が書いた五言古詩のタイトル。参寥師という僧侶を送り出す際に詠んだもの。

　謙徳は福をもたらす

　『易書』には、「天の道理は、何事においても、驕り高ぶる者には損失を与え、謙虚な者には利益をもたらす」と記されています。そのため、器量の大きい人は福徳も多く、器量の小さい人は福徳も少なくなります。謙虚であるか傲慢になるかが幸福と災いの分岐点なのです。

　明代の袁了凡が県内の9人とともに進士※の試験を受けた際、最も若く、謙虚で礼儀正しい丁敬宇という人物がいました。袁了凡は同伴の費錦坡に「丁敬宇は必ず進士に合格するだろう」と言いました。費錦坡が「何を根拠に？」と問うと、袁了凡は「謙虚な者は福を受ける。われわれ10人の中で、彼ほど謙虚で誠実で、礼儀正しく、人々の中で自分の意見に固執せず、他者の意見に耳を傾け、尊重できる人物がいるだろうか？　彼には一切の傲慢さがない。どんな些細なことでも人のために考え、配慮できる。これは実に貴重な資質だ。ここまでの境地に達した人を、神が祝福しないわけがない」と語りました。そして試験の結果、果たして丁敬宇は進士に合格したのです。

　※訳注：世界史でもその難易度の高さ稀な官吏登用試験である「科挙」の科目。進士科。合格者は官僚になる。

　人は一度でも自惚れや傲慢な心を持つと、自らの徳の向上を妨げてしまいます。真に価値ある生き方は、謙虚に努力しながら徳を磨き続けることです。謙虚とは、自らを厳しく律し、他者には寛容であり、思想を高める「日に新たに、日々新たに、また日に新たなり」の道です。また、「法天則地（天にのっとり地にのっとる）」「民胞物与（民衆はすべて同胞であり、万物はすべて私の仲間であり友である）」の広い胸襟を持ち、世のすべてを包み込み、善へと導くことができるのです。