文／史珂

　【明慧日本2025年6月12日】唐の代宗（訳注：唐朝の第11代皇帝。762-779年）はある日の昼寝中に夢を見ました。その夢の中である者が「陛下、太華山には、皇帝祭壇があります。もしそれを見つけ出し、そこで祭祀を行なえば、陛下は多大な福を得ることがおできになるでしょう」と言いました。代宗はその日の内に、監察御史（かんさつぎょし）である韋君（いくん）に太華山を訪れるよう命じました。

　韋君が山のふもとに到着した際、現地の地方役人が韋君のためにある宿屋の部屋を整え、食事を準備し、他の宿泊客には退去するよう命じました。一人の老人が宿屋の主人に、「韋御史はお食事を済ませたらすぐにご出立なさるでしょう。私は年老いて病いも抱え、遠くまで行けません。ほかの部屋の中でただ静かにいてご迷惑をおかけしませんので、そうしてもよろしいでしょうか」と尋ね、宿屋の主人は了承しました。しばらくして韋君が宿に到着しました。しばらく経つと、突然別の部屋から咳をする声が聞こえたため、韋君は「そこに誰かいるのか」と聞き、部下に調べさせました。部下は戻り、「老人が一人います」と報告しました。韋君は老人に会いに行き、苗字を尋ねました。老人は「韋です」と答えました。韋君は「私と同じ姓ですね。家系の話しをしませんか」と言い、老人は韋君に祖父と高祖（訳注：曽祖父母のこと。祖父母の祖父母）の名前を尋ねました。韋君は祖父の名前と官職を答えて、また、高祖は道教を信仰し官職に就かず、隋の時代にこの山に来たこと、現在の居場所は不明であることを話しました。

　それを聞いた老人は感慨深く、「私はあなたさまの高祖ですよ。名は韋集といい、二人の息子がおります。あなたさまは私の次男のひ孫にあたります。こんな場所でお会いできるとは」と言いました。韋君は感動のあまり涙を流しながら礼を尽くして跪こうとすると、老人はそれを止め、「あなたさまの祖母と二人の祖姑はまだ生きていて、この山中におります。寒食節が近いので、彼女たちに化粧品を買うために、私は山を下りてここに来ました。この包みの中に茯苓（ぶくりょう）を持ってきています。これを売ってお金にして化粧品を買うつもりです」と語りました。

　老人の話しに出てきた祖姑（そこ）とは、祖父母の姉妹のこと、親のおばに当たります。「大伯母・大叔母」（おおおば）とも呼ばれます。また、寒食節（かんしょくせつ）は、東アジアの年中行事で古代中国で成立しました。現代では大韓民国などで春の農耕の始まりを祝うとともに祖先を祭り墓参が行われる一方、中国では清明節（二十四節気の第5。旧暦2月後半から3月前半）に吸収される形でほぼ消滅しています。伝統的な寒食節においては数日火を使わずに過ごし、冷たい食事を食べるのが習慣です。

　老人は韋君の目的地について尋ね、韋君は「皇帝の命令を受けて、この山で真壇※を探しています。地元の人々に訊ねてもその場所を知らないのですが、もしかしてご存知ですか」と答えました。老人は「蓮花峰の中峰の西南角に古壇があり、それがお探しの真壇かもしれません。しかし、確証はありません」と答えました。その夜、二人は同じ部屋に泊まって、老人は食事をせず、少量の酒と「人参茯苓湯」を飲みました。人参は朝鮮人参のことで、茯苓（ぶくりょう）とは、マツホドというサルノコシカケ科の菌核を乾燥させた、生薬の一種です。

　※訳注：真壇とは道教の儀式や神殿の場所

　翌日、韋君が山へ向かおうとすると、老人が「私も一緒に参りましょう」と言いました。韋君は自分の馬を老人に譲ろうとしましたが、老人は「あなたさまがお乗りください。私は杖をついて先導いたします」と答えました。韋君が馬で駆けたにもかかわらず、老人に追いつけず、老人はいつも馬よりも前方30歩の位置を歩いて進みました。山の麓まで着くと、道が険しくなり、馬は進めなくなりました。そこで韋君は馬から降り、老人の後を追って山へと入っていきました。一里（中国の１里は500メートル）ほど進んだ後、ある家に着きました。入るとそこには三人の老婆がいます。老人は「あなたの祖母と二人の祖姑です」と言いました。韋君は涙を流ながらに跪き、祖母と祖姑たちに挨拶をしました。祖母は70代、祖姑たちは40代で、髪を結わずに木の葉で作った衣を着ていました。彼女たちは韋君を見て大変喜び、「ときが経つのは早いものです。大きくなった曾孫に会うことができました」と言いました。

　その後、韋君は老人と共に真壇を探しに山を登りました。険しい山を登っていくので、韋君の体力がきれかけましたが、老人は相変わらず前方を軽やかに歩き、振り返っては韋君に笑いかけました。とうとう中峰の西南角に到着し、そこには確かに祭壇がありました。韋君は祭壇を掃除し、祭祀を行った後、標識を立てました。韋君は老人に「皇帝に報告を終えたら、休暇を取ってまた戻ってお訪ねします」と言いました。老人はこれには答えず、「努めて、皇帝をしっかりお支えなさい」とだけ言いました。

　韋君は山を下り、長安の都に戻り、代宗に一連の出来事を詳しく報告しました。代宗は驚き、韋君に自筆の勅命（ちょくめい）を持たせ、山に戻って仙人（韋君の高祖である老人・韋集）を朝廷に招くよう命じました。韋君は数日かけて山中をくまなく探しまわりましたが、先日老人と行った道を見つけることができませんでした。山の麓で年寄たちに尋ねると、「私たちが若い頃からずっと、2、3年おきにその老人が山をおりて街にやって来るのを見てきましたが、老人がどこに住んでいるのかは分かりません」と言われました。韋君は山を眺めて悲しみ、慟哭しました。諦めて長安に戻ると、話を聞いた代宗は失望し遺憾に思い、この出来事を史官に詳しく記録させました。

　（出典：『太平広記』）